キスの衝撃でリョーマが固まっている間に勝手に付き合うことを決められてしまい、翌日には噂が大学内で広まった。
やはり有名人と言ったところか。
人目のある場所でのキスが決定打となり、リョーマがいくら否定しても誰も聞きやしない。
跡部は跡部で煽るような発言を繰り返す上にやたらと会いに来るものだから噂にどんどん拍車が掛かっていった。
しかもリョーマが否定する度に横でしっかりと訂正を入れた後、不機嫌そうに発言について問いただしてくるから性質が悪い。
「好きだと言ったのはお前だろ。この俺様が付き合ってやってるのに、それを隠そうとするなんてどういう了見だ。あぁ?」
「いや、だから…それは」
「お前は選ばれたことを誇りに思ってれば良いんだぜ」
むしろ何故選んだと言いたい。心から。
跡部はリョーマの行動は全て照れ隠しからくるのものだと捉えているらしく、彼なりに気遣っているようだった。
やりにくい。
それが正直な感想だった。
あの告白がどう捻じ曲がって相手に伝わったのか、どうやら跡部は満更でもない様子なのだ。
ネタばらしをするタイミングを完全に逃してしまい、リョーマは途方に暮れた。
ある程度の報復を覚悟して罰ゲームだったことを告げようとしたが、忍足が意味深な発言をするものだから結局真実を明かせないままでいる。
『跡部のファンは熱狂的やから罰ゲームなんてバレたら相当荒れるやろうな』
それは傍から見て付き合っていることになる今でも十分に言えるのではないか。
リョーマの身の安全の為にもすぐに跡部から離れるべきだ。
そう言い返せば忍足は肩を竦めて。
『本人のプライドも恐ろしいほど高いから、自分がまんまと騙されてたなんて知ったら…』
ファンの怒りより厄介だと溜息混じりに語る。
何故そんな男を敢えて罰ゲームに選んだのかと問えば、忍足は悪びれる様子もなく愉しそうだったからと平然と言い放った。
跡部とも親交があることを今更になって教える辺り最悪だと言える。
始めからリョーマ達と引き合わせるよう仕組んでいたに違いない。
『嘘から始まる恋ってのも中々ええやん』
完全に他人事だから言える台詞である。
そういえば最近泣ける恋愛小説を徹夜で読んだとか言っていた気がする。
間違いなくその影響だろう。
一人で盛り上がるのは買ってだが、巻き込むのは勘弁して欲しい。
相談した相手を間違えたと思ったところで事情を知るのは忍足だけだ。
こうして誰に頼ることも出来ないままリョーマは跡部との可笑しな関係を続けることになったのだ。
基本的にリョーマはテニス以外への興味が極端に薄い。
恋愛事にも疎い為、世間一般に言う恋人同士の振る舞いなんて出来るはずが無かった。
キスを必死に拒み、肩を抱かれたり、腰に手を回される度に過剰に反応して飛びのけば面倒だと感じるだろう。
敢えてこちらから真実を告げなくてもいずれは跡部から別れを告げるに違いないと高を括っていたにも関わらず、一週間経ってもリョーマは跡部の隣に居た。
「明日は十時に迎えに行くから寝坊するんじゃねぇぞ」
「明日って何の話?」
しかも、無理やりとはいえ手を繋がれたまま普通に会話している状態に慣れている自分が怖かった。
可笑しい。
予定では、既に跡部と別れていたのに。
「テニスするって言ったじゃねぇか」
「いや、聞いて無いから…」
突然何処かへ連れ出されるのもいつものことだと思ってしまう。
「俺が今決めた」
「こっちに決定権は無いわけ?」
「何だお前…来ないつもりか?」
横暴な跡部に反論すれば、逆に聞き返されて口籠る。
リョーマが頷くことを分かっているのだ。
「そりゃ…テニスするなら行くけど」
跡部の見透かしたような笑みが憎らしい。
テニスという単語にあっさりと釣られてしまう自分も大概だと思うが、こればかりは譲れない。
どうせ忍足が余計な入れ知恵をしたのだろう。
二日前に連れていかれたオーケストラのコンサートで爆睡してしまい嘆かれたことが記憶に新しい。
「でも、跡部さんテニス出来るの?」
テニスサークルで見かけたことは無いし、忍足からその手の話を聞いた覚えがなかった。
小馬鹿にしたリョーマの発言を鼻で笑った跡部が額を軽く小突く。
「誰に言ってんだお前。惚れ直しても知らねぇぞ」
そもそも惚れていないから。
言い返したいのに否定出来ないのは、罰ゲームだからなのかそれとも。
不意に頭を過った有り得ない可能性を慌てて振り払う。
これでは忍足の思惑通りではないか。
一刻も早く跡部と離れなければ、非常にまずい方向に転がりかねない。
どうしよう。
揺れる心に戸惑いながらも、繋いだ手を離さないあたり既に重症だ。
落ち着けと何度も自身に言い聞かせるリョーマの頭からは、罰ゲームという意識が消えつつあった。